セルジオ 越後(せるじお えちご)
1945年ブラジル・サンパウロ市生まれ
サッカー解説者
(財)日本サッカー協会認定指導員
くろいそさわやか大使(栃木県黒磯市)
- 講演可能地域
- 全国
- 主な講演テーマ
- 「サッカーに見る人材育成」
「サッカーを通してみた日本人の生き方」
「スポーツと文化」
「サッカーからみた組織マネージメント」
「生涯学習としてのスポーツ」
「ワールドカップの楽しみ方と日本代表の挑戦」
「子ども達の未来のために」
- 主な著書
- 『セルジオ越後の「子育つ論」』
『日本サッカー黙示録』
『激心~日の丸を背負った男たちへ』
『ジーコジャパン/ザ・ビギニング』
『監督の条件』
『日本サッカー/勝つための準備』
『予感~日の丸を背負った男たちへ~』
『セルジオ越後の宣戦布告』
『セルジオ越後のコドモラル』他多数
- 経歴
- 日本移民の両親の元に生まれ、18歳でブラジル・サンパウロの名門クラブ「コリンチャンス」とプロ契約。日系二世としては初めてブラジル一部リーグでプレーした。非凡な個人技と俊足を活かした右ウイングとして活躍し、ブラジル代表候補にも選ばれる。1972年に来日し、日本リーグの藤和不動産サッカー部(後にフジタ工業に移行。現在の湘南ベルマーレ)でゲームメーカーとして貢献した。永大産業サッカー部の指導者を経て、1978年から(財)日本サッカー協会公認「さわやかサッカー教室」(現アクエリアスサッカークリニック)の認定指導員として全国各地で、青少年のサッカー指導にあたる。以後、20年以上にわたり、延べ50万人以上の人々にサッカーの魅力を伝えてきた。またサッカー解説者として、中継やコラムなどメディアを通じて日本サッカーの向上に貢献。辛口な内容とユニークな話しぶりにファンも多く、サッカー以外にも、子育てについての独自の意見や、ブラジルと日本の文化の違いからの視点など、様々な切り口で講演活動も行っている。ロナウジーニョを始めとして多くのブラジルスター選手が多用する「エラシコ(Elastico)」というドリブル技術の創始者といわれている。娘はタレントのエチゴ由衣。